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「蝶々さんは、心の一番大事なものに沿って生きた女性」 オペラ「マダム・バタフライ」蝶々さん役、佐藤康子さんインタビュー

イタリア在住の佐藤康子さん。今公演がバンクーバー・オペラおよびカナダでのデビューとなる
イタリア在住の佐藤康子さん。今公演がバンクーバー・オペラおよびカナダでのデビューとなる

 

 明治時代の長崎で、アメリカ海軍士官と結婚した日本人女性、蝶々さん。帰国した夫の帰りをひたすら待ち続けるが、そんな彼女に訪れたのは、あまりにも悲劇的な結末だった…。

 バンクーバー・オペラは4月26日より、ジャコモ・プッチーニの名作オペラ「マダム・バタフライ」を、クイーン・エリザベス・シアターにて上演する。主役の蝶々さんを務めるのは、日本人ソプラノ歌手の佐藤康子さん。世界各国で蝶々さんを演じてきた佐藤さんに、このオペラの魅力についてお聞きした。

物語を、心のうちを、雄弁に語るオーケストラ

 舞台上で蝶々さんを演じてきただけではなく、大学院の博士論文のテーマもマダム・バタフライだったという佐藤さん。「いろいろ調べるうちに(蝶々さんに)すっかりのめり込んでしまい、オタクに成り果ててしまって…。蝶々さんについて語り始めると止まりません」と笑う。

 そんな佐藤さんが感じるマダム・バタフライの魅力とは。「オペラは総合芸術ですから、音楽から舞台美術まで、その全てを堪能してほしい」と前置きしつつ、「音楽が素晴らしいんです。とくにオーケストラが美しい」と話す。 

 マダムバタフライが書かれたのは1900年代初頭で、当時のヨーロッパは空前絶後の日本ブームに湧いていた。プッチーニは日本の音楽をたくさん収集して研究し、それを作品に混ぜ込んだという。「それも、(雰囲気を出すために)五音音階を取り入れるというような、安直なやり方ではありません。当時の日本の音楽を、適切な箇所に適切な意味合いを持たせながら使っているんですよ」。

 劇中で流れるのは、「さくら さくら」「君が代」などのおなじみの旋律。さらには、現代日本ではとうに忘れられてしまった音楽──軍歌「宮さん宮さん」、大衆音楽として人気だった「推量節」、蝶々さんが子どもに子守唄として歌う「かっぽれ」などが、物語をいきいきと彩る。

 そして、プッチーニならではの「オーケストラの雄弁さ」にも注目してほしいと、佐藤さんは話す。例えば、結婚相手の海軍士官ピンカートンに対して、蝶々さんが「私の愛する人よ」と言うくだり。その直後に流れるのは、なんと、全編にわたって繰り返し出てくる「死のテーマ」なのだ。不穏な旋律は、蝶々さんがたどる運命を暗示するかのようだ。

 また第二幕で、蝶々さんが、ピンカートンが彼女のもとに帰って来ないであろうことを悟るシーン。ここではその心情を、言葉ではなくオーケストラが鮮烈に表す。「すごい音が鳴るんですよ。すべての楽器が、ガッと。まるで、蝶々さんの心にナイフが刺さったかのような。こんなふうに、登場人物の心情をオーケストラが語るんです」。

蝶々さんという女性の奥深さ

 マダム・バタフライの台本を書いたのは、ルイージ・イッリカ。彼は、注文の多いプッチーニをして「もはやどんな美辞麗句にも心を動かされない私が、君の書く台詞には涙を禁じ得ない」と言わしめた、心理描写に定評のある戯曲家である。「だから、(日本人である)蝶々さんの心情もよく描けていると思うんですね」と佐藤さん。そのぶん蝶々さんは、欧米人には理解されにくい役だとも考えている。

 佐藤さん自身、長年演じながら、蝶々さんという女性への理解を深めてきたと話す。

「蝶々夫人の台詞には、一見理解しがたいものもあるのですよ。例えば、ピンカートンの帰国後、彼を知るアメリカ領事シャープレスが、3年ぶりに蝶々さんを訪れる場面。蝶々さんは彼に『あなたのご先祖様はお元気ですか?』と聞くんです。シャープレスは困惑しながら『いや、そうだといいけれど』と返すのですが」。

 最初は、この台詞の意味がよくわからなかったという佐藤さん。けれども演じるうちに、その裏に潜む蝶々さんの心の動きに思い当たったという。

「帰国以来、3年間も音沙汰なしだったピンカートンを待ち続けた蝶々さんの前に、シャープレス領事がやってきた。結婚式後はじめての領事の再訪は、何か夫についてのニュースを持ってきたのではと想像できます。ですが彼の表情は重苦しく、蝶々さんは不安と動揺にかられる。挙げ句蝶々さんは、徒な質問を口走ったのではないでしょうか」。

 その後も蝶々さんは、シャープレスが何か言おうとするたびに、「青空が見えますね」などと、会話を遮る。期待と不安に大きく揺らぐ蝶々さんの心が見え隠れするようだ。

「そんな不可思議とも思える台詞のひとつひとつに意味がある。蝶々さんは、盲目的に、ただ『夫の帰りをいつまでも待つ』女性ではないんですよね。演じるうちに、彼女の感情の様々なレイヤーが見えてきて…私自身、どんどん蝶々さんに魅了されているんですよ」

 開国まもない日本には、海軍士官など外国人男性が大勢やってきて、彼らと一時的な婚姻関係を結ぶ日本女性はたくさんいたという。蝶々さんも、そのひとりだ。

決定版オペラでは省かれてしまった台詞ですが、蝶々さんの心情をよく描写しているものとして、あなたは私を百円でお求めになったというものがあります。つまり蝶々さんは、自分が買われたことを知っているんですね。けれども、続けて蝶々さんはピンカートンに、私にそんな大金を使ってくださったのだから、節約しますと言うんです」

 強いられた結婚で結びついた二人。けれども蝶々さんは、ピンカートンに出会った時、ひと目で恋に落ちた。「彼女は引きずられて結婚するのではなく、ピンカートンを一生かけてきちんと愛し、その愛情を持って結婚を完遂させようと決めたんです。そのけなげさが伝わればと思います」

 運命に翻弄された蝶々さんだが、佐藤さんはそんな彼女を、強いられて死を選ぶほかなかった、ただ可哀想なだけの女性ではないと考えている。

「蝶々さんは過酷な運命に立ち向かい、生きるよすがを次々と失う中でも、彼女の1番大事にしている、心の尊厳のある生とは何かを問い続け、生き抜いた女性なのだと思うのです。そんな女性は日本にも、そして、きっとカナダにもいるのではないでしょうか」

 さりげない台詞に、雄弁な音楽のなかに描き出された、蝶々さんという女性の真摯な愛情、芯の強さ、そして生きざま。それが、このオペラが時代や国境を超えて人々の心をつかみ、揺さぶり続ける理由なのかもしれない。

 

佐藤康子
千葉県出身のソプラノ歌手。イタリア、アメリカ、ベルギー、スロベニア、ギリシャ、スペイン、日本などで、蝶々さんを演じてきた。イタリア在住。今回は、4月26日、5月1日、5月3日に出演(4月27日、5月4日はカレン・チャイ=リン・ホーが出演)。

 

「Madama Butterfly」(蝶々夫人)
場所:Queen Elizabeth Theatre (630 Hamilton St, Vancouver)
日時:4月26日(土)7:30pm、4月27日(日)2pm、5月1日(木)7:30pm、5月3日(土)7:30pm 、5月4日(日)2pm
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